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将来、医師が余る時代が来る

都市部と地方との医療格差が叫ばれる今。特に都市部と過疎部においては、慢性的な医師不足が問題視されています。
ところが、近い将来、日本では医師の需要が均衡して、医師が余る時代がやってくるというのです。医師不足なのに医師が余るって、これは一体どういうことなのでしょうか。

私は医師ではありませんが、医療従事者ではあります。現場で人手が足りずに毎日ハードに働くドクターたちも見てきているので、正直、医師不足のほうに共感できるからです。
「医師が余る」という言葉に違和感があったので、現状や問題の原因を私なりに調べてみました。

2029年には需要が均衡

医療従事者の需給に関する検討会「医師受給分科会」の発表によると、2023年に医学部へ入学する医学生が医師となる2029年には医師の需要が均衡し、2040年には医師の供給が需要を1万8000人も上回るという予測が公開されました。
これにより、2023年の臨時定員を含め、今後の医師の増加ペースの見直しが必要という見方が広がっています。
実際に、医学部の地域枠定員は2023年までは方針維持が認められているものの、それ以降の方針については国から示される方針を踏まえた上で今後検討しなくてはならなくなりました。
また、今後は地域の実情に応じて地域枠の設置・増員を進めていく予定であることや、将来的な医師過剰を防ぐために、日本全国で医学部総定員数を減らす流れになってきているとのことです。

これは、はっきり言って「医師が足りないからたくさん育てる」「やっぱり足りなくなってきたから制限する」といった計画性のなさを感じます。
どの診療科でどれだけの医師が足りないか、どの地方で必要とされているのか、今後はどこに医師が必要かなど、明確な数字を出さないまま単純に医師の数だけをみて動いているような気がしますね。
歯科医師や弁護士の数が過剰になっているから「あんな風にならないようにしよう」と、机上の計算だけで測って、都市部への偏在や専門科目による医師の過不足など現場の課題には目を向けていないのではないかなと思います。

医師が余る原因

医師が余る原因の一つに、日本の人口減少と少子化が挙げられます。日本の人口は2008年をピークに減少の一途をたどっています。今は3000万人ほどしか減少していないものの、ここから減少速度がアップする段階に入り、ますます減少が顕著になるのです。
一方で、人口を維持するための出生率は低い状態が続いており、生まれてくる子供の数が減ってしまっています。予想より早く人口減少が進むことも考えられるでしょう。
高齢化によって医療サービスを受ける人の数が増えるとされ、一時は医師不足が叫ばれていました。
それにより、国は医師を育成する数を増やす計画を立てました。全国レベルでは、毎年3500~4000人の医師が増えているといいます。
しかし、今後の医療ニーズや「働き方改革」を盛り込んだ上で推計すると、2030年ごろには医師が余り出してくるとのことです。
また、医師が余るもう一つの要因に、人工知能(AI)技術の発達によって診断技術が向上したこと、オンライン診療の普及で医療が効率化されつつある点があります。
また、医師には定年退職という概念がなく、健康であり続ける限り高齢になっても続けられる職業です。高齢の医師が増えていくという点も医師の過剰供給につながる要因のひとつであると考えられます。

医師過剰の時代で起こり得ること

医師が過剰になると、求められる働き方が変わってくる可能性があります。買い手市場となり、これまでよりも低い収入で働かざるを得なくなる医師や医療機関を掛け持ちする「副業」医師、美容外科や美容皮膚科など、自由診療報酬を得られる分野に転向する医師などが増えていくでしょう。
一方で、「フリーランス医師」となり自分の好きな時間で働く医師や、医師免許を活かして、医療の知識を活かせる別の分野へ転職する医師もあらわれるかもしれません。

いずれにしても、医師が余るということは、今のようにハードな現場で働く医師がいなくなるということなんでしょうか。
医者が余ると言われる一方で、一部地域や診療科での医師不足はまだまだ解消されていないでしょうし、医師免許を取得した人が、「お国の理想通りに」働いてくれるとは限りませんからね。
医師として育てたところで、全員が医療機関で働いてくれるとは限りませんし、前述したようにもっと「儲かる」診療科へ流れてしまう可能性は十分にあります。

医師が足りないところには医師を増やして、過剰になっている地域や診療科には制限をかけるといった根本的な対策がはじめられているそうです。
実際に、地域によっては医師の定員数を減らしたり診療科に制限をかけたりといった取り組みがされはじめています。

都市部では医師偏在が続く

日本で人口当たりの医師数が最も多いのは東京ですが、勤務医は若手でも長時間勤務が当たり前のように続いています。これは、東京のような大都市でも一部の診療科では医師が余っていないからです。
それでも、教育や労働環境が良いために東京には地方から多くの医師が集まってきます。
教育や報酬、環境の良いところで働きたいと思うのは、人間としてあたり前ですからね。
東京などの大都市へ行きたい医師が多いのに、医師不足の地域に勤務医を強制的に派遣するのもおかしいのではないかという声も聞かれます。
単純に「医師の数」だけを減らしているだけでは、地域間や専門医の偏在を見直すことも難しくなるのではないでしょうか。

医師偏在対策が必要

医師の絶対数が足りないのではなく、医師が都市部や一部の診療科に集中することによって「医師が不足している」という現状が浮き彫りになりました。
これを受けて、医師の偏在対策が進められています。
まず、都道府県ごとに医師少数区域と医師多数区域を設定し、各地域が効果的に医師を確保できる対策を実施。
医師偏在対策の効果を検証して、PDCAを回しながら偏在対策と医師確保の両方が進められるという計画です。
医師が少ない都道府県では、その地域の大学を含めた地域医療対策協議会の意見を聞きながら、地元出身者の入学枠を増員する計画です。これは、地元出身者のほうが地域への定着率が高いからで、医師の都市部への偏在対策にも繋がります。
また、一部の診療所の偏在対策として、新たに開業しようとしている医師が都市部へ開業しないよう考え直してもらうために、外来医療機能の偏りを理解してもらったり、医師が少ない地域で勤務しやすいよう、医療機関の管理を認めたりインセンティブ制度を設けたりして偏在に対応しています。

医師偏在対策のリスク

一部の診療科の医師が都市部に集中しないような偏在対策が取られている一方で、これまでOKだったルールに対し、安易に制限をかけられない難しさもあります。
医師が余っている地域での新規開業を制限するといったルールも検討されましたが、「開業自由の原則」に反するのではないかという意見や、結局、駆け込み開業につながってしまうのではないかという懸念から、見送られることになりました。
現状ではインセンティブで誘導する、キャリアに不安が起こらないよう、認定制度を設けるにとどまっています。

また、2018年に導入された「新専門医制度」も、早くも問題視されはじめています。
「質」の基準があいまいでバラバラだった医師や医療機関の評価を、「良質な医療を平等に提供する」ことを目的に導入された制度ですが、都市部に研修医が集中して地域偏在がさらに加速するのではないかという懸念があります。
また、皮膚科や眼科など、QOLを維持しやすい診療科には若い医師がつぎつぎと入局するものの、外科や産婦人科など、比較的勤務がハードな診療科は「きつそう」「割に合わなそう」というイメージから敬遠される傾向にあり、実際に診療科の偏りは解消されないどころか加速する傾向にあります。
医師偏在の問題解決という面では、課題の残るままのスタートとなりました。

総合診療医の育成が期待される

現在、医療界で話題を集めているのが総合診療医の育成です。
総合診療医とは、インフルエンザやコロナ、ケガをはじめ、高齢者が訴えるさまざまな症状にトータルで対応できる医師のこと。
体のどこが悪いのか、何の病気かが分からない患者を診療できるスキルを持っていて、ケガや病気だけでなく、精神的な疾患なども柔軟に診ることができます。
患者に臓器の専門的治療が必要なケースであれば、最適な臓器別の専門医につなぐ役割を果たします。
総合医が増えれば、専門医偏在の問題は解消され、高齢化や人口が減少した国内の医療にも対応できるようになります。
地方やへき地では総合診療医がもっとも適していて、医療の柱として住民に寄り添うことができます。
実際に現在、総合診療医の育成に力を入れる取り組みがされはじめています。

求められる医師になるには

高収入を得られて、安定した地位と将来が約束されると言われた時代がなくなるかもしれない医師という職業。
医師も今後はしっかりとキャリアプランを考えておかないと、生きていけない時代になるかもしれません。
実際に、新専門医制度が発足してからは、研修医として勤務しながらゆっくりと専門科を決めるというプランは通用しなくなってきたからです。
これから医師を目指す人は、どのようなポイントを押さえた上でキャリアを考えなくてはならないでしょうか。
私が考えるこれからの医師は、専門医としての質の担保だけでなく「総合力」スキルが必須になってくると考えています。
たとえ医師が余る時代が来たとしても、確かな腕や知識を持つ医師、現場で必要とされる医師であればどこに行っても活躍できます。
そのためには、知識や経験、人柄はもちろん、チーム医療で求められるスキルを持つ人が有利です。
患者や病院職員とのコミュニケーション能力、周囲と調和をとりながら仕事をする能力など、医学以外の能力を求められるようになるでしょう。
専門知識や技術だけではない、総合的な能力を高めるための社会経験やトレーニングが必要になってきますね。